2009年10月19日

NHK大河ドラマ『天地人』第42回「将軍誕生」

子役の加藤清史郎が作家デビュー〜加藤清史郎はいくらもらっているのか
噂の深層 NHK大河撮影現場も巻き込む深キョンのマイペースぶり

妻夫木聡 「愛のある現場」に涙、『天地人』スタジオ撮影終了

NHK大河ドラマ天地人」原作・火坂雅志、脚本・小松江里子第42回「将軍誕生」10/18

慶長7年(1602)、米沢城

仙桃院高島礼子)が菊姫(比嘉愛未)の書状を持って上杉景勝北村一輝)のもとを訪れていた。

菊姫(比嘉愛未)は、上杉景勝北村一輝)との間に子ができないため、上杉景勝北村一輝)に側室を置くように勧める

養子を迎える方法もあると、応じようとしない、上杉景勝北村一輝)に、仙桃院高島礼子)は養子では家中をまとめるのが難しいと説得する。

ある日、直江兼続妻夫木聡)が領内の治水工事の指揮を執っていると、嫡男・竹松(加藤清史郎)の具合が悪いという知らせが飛び込んでくる。

竹松(加藤清史郎)は高熱にうなされながら、しきりに母・お船常盤貴子)の名を呼ぶ。

それを伝え聞いた菊姫(比嘉愛未)は「殿の様子を見てきてほしい・・米沢のために力を尽くしてほしい、竹松のこともある・・竹松を救うのはそなたの大事な務め・・竹松が直江家を継げなくなったのはどれだけ心の傷になったことか・・死なせてはならぬ・・」とお船常盤貴子)に米沢へ帰るよう命じる。

お船常盤貴子)は菊姫(比嘉愛未)の心遣いに感謝して、米沢へ急ぐ。

病床の、竹松(加藤清史郎)に接したお船常盤貴子)は思いのほか容体が悪いことに愕然とし、たまらず手を握り締める。

慶長8年1603年 正月・・米沢の冬は厳しく、上杉は上洛はしなかった。strong>菊姫(比嘉愛未)は病に苦しんでいた

「米沢に知らせてはならぬ・・」

慶長8年1603年 2月・・徳川家康(松方弘樹)は征夷大将軍に任じられ、江戸に幕府を開く。

上杉景勝北村一輝)と、直江兼続妻夫木聡)は徳川家康(松方弘樹)の求めに応じて謁見(えっけん)することを決める。

反対する実頼(小泉孝太郎)に、直江兼続妻夫木聡)は今は生き残ることが上杉の義である、と諭す。

「江戸に向かうのは家康を認めるだけというわけではない、いついかなるときでも、上杉は家康に物申せることを示すためでのあるのだ」

実頼(小泉孝太郎)

「もはや、私や家臣の言うことなど聞いてはくださらないのですな」

10月、江戸に入った上杉景勝北村一輝)のもとに、菊姫(比嘉愛未)が病に倒れたとの知らせが入り、上杉景勝北村一輝)は急きょ伏見へ向かう。

直江兼続妻夫木聡)は上杉景勝北村一輝)に

「奥方様のもとへ行かれませ。上杉家を守る奥方様を見捨てることこそ、武運の名折れ・・つまらぬ中傷など気にすることはありません、お任せを・・」

菊姫(比嘉愛未)上杉景勝北村一輝)に上杉家存続のために側室を持ってほしい、と告げる。

江戸では、直江兼続妻夫木聡)が徳川家康(松方弘樹)に謁見。

上杉景勝北村一輝)がいないことを責める、徳川家康(松方弘樹)に、直江兼続妻夫木聡)は親子や夫婦がお互いを思いやる心なくして天下を治めることはできない、と返す。

「逆臣とはいかなること・・我らが心中するは、大阪の秀頼君。そのお膝元に参るのがなにゆえ逆臣となるのでしょう・・それとももはや天下の政、豊臣家にご返上なさらぬおつもりで・・

君臣親しく、夫婦むつまじく、親子の絆強くあることこそが、上杉でございます

天下を執るばかりでなく、天下を治めるつもりがあるならばなにとぞこの心をおわかりいただきたく存じます」

そこに突如、政宗(松田龍平)がマントを着て現れる。

「こたびは真、おめでとうございます・・」

上杉景勝北村一輝)は、家康との謁見後、京の公家の娘を側室として迎え入れました。

慶長9年(1604年)、上杉景勝北村一輝)のもとに菊姫(比嘉愛未)が亡くなったとの知らせが入る。

上杉景勝北村一輝)は悲しみをこらえて秀頼に謁見、年賀の挨拶をする。

米沢に戻った直江兼続妻夫木聡)に、お船常盤貴子)は菊姫(比嘉愛未)が書いた、直江兼続妻夫木聡)あての手紙を見せる。

そこには、直江兼続妻夫木聡)に対する謝罪と感謝の言葉がつづられていた。

「恨んだこともあったがひたすらありがたいと思う。12年もの長き間、大事なものを差し出してくださった・・辛い思いをさせてしまった。もう2度とお船と離れぬよう。どうか殿のことを頼みます・・」

菊姫(比嘉愛未)の想いに、直江兼続妻夫木聡)とお船常盤貴子)は悲しみにひたる。

「必ずお迎えにあがると約束いたしましたのに・・」

そして、竹松(加藤清史郎)に命の尊さを説くのだった。

「そなたの命、優しき奥方様が救ってくださったのじゃ」

「この命、決しておろそかにしてはならぬぞ・・」

NHK大河ドラマ『天地人』第41回「上杉の生きる道」17.7%
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政宗(松田龍平)
愛姫(杏)

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2008年NHK大河ドラマ『篤姫』

★★★

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菊姫 (上杉景勝正室)
提供: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

菊姫(きくひめ、永禄6年(1563年) - 慶長9年2月16日(1604年3月16日))は、武田信玄の六女[1]。母は油川信守の娘油川夫人。上杉景勝の正室。別名は、阿菊御料人、甲斐御前、大儀院。実子なし。

永禄6年(1563年)、武田信玄の六女として生まれる。母は油川信守の娘・油川夫人。同母兄弟に仁科盛信、葛山信貞、松姫[2]。

天正3年(1575年)、長篠の戦いで兄の武田勝頼が織田信長に敗れて以降、武田氏の勢力が衰退し、上杉氏と同盟を結んで信長に対抗するため、甲越同盟の締結が行なわれた天正7年(1579年)に両家の同盟の証として上杉景勝に嫁いだ。婚約が成立したのは景勝と上杉景虎による御館の乱の最中のことであった。甲陽軍鑑によれば、景勝と婚約が成立する以前に長島一向宗の願証寺の僧と婚約していたとされる。

嫁いだ後は上杉家中から甲州夫人もしくは甲斐御寮人と呼ばれ、質素倹約を奨励した才色兼備の賢夫人として敬愛され、第2代藩主定勝(景勝の庶長子)を始めとする後世の歴代藩主たちも武田家を丁重に扱ったといわれる[3]。

文禄4年(1595年)からは豊臣秀吉への、関ヶ原の戦いの後は徳川家康への人質として京都伏見の上杉邸で、死去するまでの生涯を送った。上杉家は慶長3年(1598年)に越後から陸奥会津120万石へ転封となったが、菊姫は会津や関ヶ原の戦いでの敗北によって上杉家が移封された米沢へ暮らすことや滞在する事はもとより、京都を出ることすら一度もなかった。伏見へは、直江兼続正室のお船の方もともに上っている[4]。

慶長8年(1603年)冬より病床に伏し、翌9年(1604年)2月16日に上杉家の伏見屋敷で死去[5]。享年42。菊姫死去の報を聞いた景勝や上杉家の家臣たちの哀惜の有様について、『上杉家御年譜』には「悲歎カキリナシ」とある。

法名は大儀院殿梅岩周香大師。墓所は京都妙心寺亀仙庵(現隣華院)。後年米沢林泉寺にも墓碑が建立された。

景勝との関係については、江戸中期に成立した軍記物『奥羽永慶軍記』などの影響により、景勝の男色嗜好と女性嫌悪により両者の夫婦関係自体が非常に疎遠であったと[6]する説もあるが、景勝の男色嗜好ならびに女性嫌悪を実証する一次史料自体存在せず、また両者の夫婦仲をはっきりと実証できる同時代的史料が現在のところ認められないため、実際のところは不明な点が多い。ただし残された記録などから判断する限り、景勝は菊姫に対して正室としての一定の敬意や配慮を行っていると見られ、彼女に対する好意や敬意は終生抱いていたものと思われる。

慶長8年、豊臣秀頼と千姫との婚儀に際し上洛した景勝は、そのまま翌慶長9年8月21日に帰国の途につくまで伏見に滞在しているが、この間の同年2月に、米沢から駆けつけた義弟武田信清と共に菊姫の死を看取ることとなったと思われる[7]。『上杉家御年譜』には、菊姫の看病のため、信清が急ぎ上洛したこと[8]、景勝が菊姫の病気平癒のため神社仏閣への祈願を行ったり、名医を招いたりしたことや、菊姫の死に際して悲しんだ有様についての記述がある[9]。

現在も米沢などに伝わる俗説として[要出典]、景勝が側室四辻氏を密かに米沢城に入れ、景勝の子供を妊娠させたことに深い恨みと失意を抱いた菊姫が、嫉妬と悲憤の余りに自害した[10]という話や、四辻氏が死亡した原因は、激しい孤独と嫉妬から来る煩悶の末に憤死し、怨霊と化した菊姫の亡霊による祟りであるという話などがあるが、これらは定勝の生誕・菊姫の死去・四辻氏の死亡時期が偶然重なったことから唱えられたものに過ぎず、根拠は乏しい。

歌舞伎の『本朝廿四孝』のヒロイン「八重垣姫」は菊姫がモデルとされる

菊姫 (上杉景勝正室) - Wikipedia

菊姫
菊姫 - Wikipedia


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